この記事でわかること
トレチノイン中に「保湿していいのか」で迷っている人へ。
結論は「していい」です。
その理由を、体験と2025年の研究で整理します。
第2記事の最後で、私はこう書いた。
7年前、私が皮膚科で処方されたトレチノインの説明書には、はっきりこう書かれていた。
「保湿はしないでください。」
当時は本当に、そう指導されていた。
——あれは、嘘ではない。当時は本当に、そう指導されていた。
そして私は、3日でその指示を破った。
このページでは、その2ヶ月間の記録を残しておきたい。
皮むけや赤みがどう推移したか、なぜ「保湿しない」を独断でやめたのか、
そして7年越しに、その判断が研究で証明されるまでの話を。
結論から言うと、私は「家族すら気づかないレベル」で2ヶ月を通過した。
どうやってそれが可能だったのかが、この記事の中身になる。
① 副作用2ヶ月の時系列
結論:保湿しても、トレチノインの効果は落ちない。
むしろ穏やかに通過できて、最後まで続けられる。
開始したのは、7年前の5月中。
トレチノインは「冬から始めるのが望ましい」と言われることが多いけれど、私は夏の盛りに踏み切った。
皮膚科の先生も特に止めなかったし、何より「とにかく肝斑をどうにかしたい」という気持ちが、季節を選ぶ余裕より勝っていた。
最初に正直に書いておく。
これから載せる写真は、ネットで「トレチノイン 副作用」と検索すると出てくるような、真っ赤に剥けて外出不可のような写真ではない。
むしろ、見せられる範囲は赤みが中心で、皮むけは洗顔時にポロポロ出る程度、ほぼ口元周辺だけだった。
これは私が大袈裟に書いていないというよりも、保湿を独断で続けていた結果として、A反応そのものが穏やかに収まっていた。7年経った今、振り返って一番納得のいく説明はこれだ。
「劇的な変化を期待していた人には地味な記録でごめんなさい」という気持ちもありつつ、
「こうやって穏やかに通過することもできるんだ」という選択肢の記録として残しておきたい
※掲載する写真は、撮影時期・光源条件が異なります。画像加工は一切行っていません。
3日後

赤みはまだ軽い。けれどニキビの様な小さな発疹が点々と出始めた。「これがA反応か」と覚悟した瞬間。 そしてこのタイミングで、私は保湿禁止の指示を破る決断をする。(理由は次の章で書く)
1〜2週間後(赤みピーク)

赤みは出る。けれど痛みはない、ただ薄くピリつく感覚があるだけ。
皮むけは洗顔時にポロポロ角質が落ちる程度。日中、口元の周辺がやや乾いて、薄く皮がめくれることがあった。マスクをすれば誰にも気づかれないレベル。
2ヶ月後

A反応はほぼ収束。家族は最後まで「なんのこと?」というレベルで気づかなかった。
ただ、ここで終わりではない。
私のトレチノインは「米粒1粒ほどの少量から始めて、少しずつ増やしていく」方針だった。
だから2ヶ月で落ち着いたあと、量を増やすたびに、また皮むけと赤みが軽く戻ってくる。
辛い瞬間はある。けれど、思っていたより日常は崩れない。
マスクがあれば外出も気にならないし、何より2ヶ月のあいだに自分なりの付き合い方ができてくる。「次にこのタイミングで皮がくる」「ここで保湿を厚めにする」と、感覚で読めるようになる。これが大きい。
私の場合は「2ヶ月使って1ヶ月休む」のサイクルで進めた。
休んでいる時期は肌が落ち着いて見えるので、人からは何も気づかれない。
そして、辛さ以上に強かったのが、目に見えて肌が変わっていく喜びだった。
皮がむけた次に出てくる肌は、前より少し明るい。
鏡を見るたびに「あ、進んでる」と感じる瞬間がある。これは、半年使い続けた美白美容液では一度も得られなかった感覚だった。
化粧品に「整える」以上のことを期待してはいけない、と前の記事で書いたのは、ここでの体感があったからでもある。
辛さと喜びが並走する2ヶ月。だから続けられた。
少量のままで止めることもできた。
けれど私は、肌を1から変えたかった。 だから増やし続ける道を選んだ。
ここまでが事実の記録。
次の章では、3日目に何が起きて、なぜ私が「保湿しない」の指示を破ったのかを書く。
② 3日で「保湿禁止」を破った理由
開始前、皮膚科の先生からはこう言われていた。
「なるべく保湿しないでください。」
当時の標準的な指導だった。皮むけや赤みは効いている証拠で、保湿で薄めてしまうと効果が落ちる。そういう理屈だったと思う。
私は素直に、最初の3日間は何も塗らずにトレチノインだけで過ごした。
けれど、3日目の夜、洗顔後に鏡を見て思った。
「これは、続けられない。」
つっぱり感、ピリつき、皮膚そのものが「この状態で次の塗布に耐えるのは無理だ」と訴えている感覚があった。
「続けられないものは、正しい治療ではない」
直感的に、そう思った。
そこで、独断で、自己責任で、保湿を始めた。
選んだのはトゥベールのナノエマルジョン。
これを選んだ理由は次の章で書くけれど、結果から言えばこの一手が、その後の2ヶ月を支えた。
ただし、医師の指導も完全に無視したわけではない。「トレチノインを塗ってから5分ほど置いてから保湿する」
——このタイミングだけは守った。成分の浸透を妨げないように、というささやかな譲歩だった。
(後日談:今はこの5分待機すらしていない。それでもトレチノインは効いている。これは⑥章で書く。)
破ってよかったか、と聞かれれば、「破らなかったら、たぶん続いていなかった」と即答できる。
そしてもう一つ。当時は知らなかったけれど、この独断が後に研究で「正しい」と証明されることになる。
その話は、選んだ製品の話のあとに。
③ なぜトゥベールのナノエマルジョンだったのか
トレチノインを支える保湿剤を選ぶとき、私はまず「自分の肌に何が必要か」を一から調べ直すことから始めた。
7年前のあの頃、AIもなければ、SNSの専門コミュニティもまだ整っていなかった。
私が頼れるのは、YouTubeとGoogleの2つだけ。海外の皮膚科医の動画、論文の断片、英語のスキンケアフォーラム。時間をかけて横断的に調べた。
調べていくうちに、ひとつの結論にたどり着いた。
「今の私の肌に絶対に必要なのは、セラミドだ。」
トレチノインで角質バリアが弱る → 水分が逃げる → さらに刺激に弱くなる。
この悪循環を断ち切るには、バリア機能そのものを補う成分が要る。それがセラミドだった。
ただ、当時はセラミドの認知度がまだ低かった。今のように「セラミド配合」が大々的に謳われている時代ではない。
それでも私は、「セラミドが正解だ」という自分の中の確信を頼りに、製品を探し始めた。
そこで条件に合致したのが、トゥベールのナノエマルジョンだった。
選んだ理由は3つ。
1. セラミドがしっかり配合されていた
私が必要だと結論づけた成分が、主役級として処方されていた。「ちょっと入っている」レベルではなかった。
2. 成分記載が明確で、配合の意図が読み取れた
「水・グリセリン・○○エキス」と曖昧に並ぶのではなく、何が何のためにあるかが理解できる設計。薬機法に縛られた化粧品の世界では、地味に貴重なことだった。
3. 広告や宣伝に頼っていなかった
派手なキャンペーンも、芸能人起用も、ビフォーアフター訴求もなかった。
伝え方のコストではなく、中身のコストにお金をかけている化粧品だと感じた。
つまり順序としては、こうだった。
「セラミドが必要だ」と自分で結論を出した → その確信に最も合致したのがトゥベールだった。
ブランドに導かれたのではなく、自分の判断にブランドが応えてくれた形だった。
そしてこの「自分で調べて、自分で決めた」プロセスが、その後の研究で「正しい」と証明されることになる。
④ 2025年、研究が「正解」と証明した
まず、結果として何が起きたか
保湿を独断で始めてからの2ヶ月は、本当に穏やかに通過した。
①章で書いた通り、家族すら気づかないレベル。
皮むけや赤みは出るけれど、「肌が崩壊する」という感覚は最後まで一度もなかった。
トレチノインの効果はしっかり出ていて、量を増やすたびに少しずつ肌が変わっていった。
ただ、当時の私は「自分の体がそう言っているから」以外の根拠を持っていなかった。皮膚科の先生の指示を破った後ろめたさも、正直あった。
その後ろめたさが消えたのは、ずっと後になってからのことだ。
2024〜2025年、研究が答えを出した
結論から言うと、保湿はトレチノインの効果を弱めるどころか、むしろ治療を安定させる方向に働く。理由は3つある。
① 経皮水分損失(TEWL)の増大
トレチノインは角質細胞の接着を弱め、ターンオーバーを劇的に早める。その結果、肌から水分が逃げやすい状態になる(2024年研究)。
つまり、当時の「保湿しないで耐える」は、肌がもっとも乾燥に脆い時期に、その脆さを放置する指導だった。
② 炎症後色素沈着の悪循環
乾燥を放置して炎症が強くなると、サイトカインが放出され、それがメラノサイトを刺激して新たな色素沈着を作るという悪循環が再確認された。
肝斑を治したくてトレチノインを始めたのに、保湿しないことで新しいシミを作るリスクが上がっていたということになる。
③ 保湿併用群のMASIスコア改善
2025年に発表された比較試験では、保湿剤を併用したグループの方が、副作用での治療中断が圧倒的に少なく、肝斑改善スコア(MASI)も良好という結果が出た(J Clin Med 2025)。
「保湿すると効果が薄まる」という当時の常識は、逆だった。
「サンドイッチ法」という現在の標準
これらの研究を受けて、現在のトレチノイン治療の塗り方は、こう変わっている。
| 名称 | 手順 |
| サンドイッチ法 | 保湿 → 20~30分待機 → トレチノイン → 保湿 |
| オープンサンドイッチ法 | トレチノイン → 数分待機 → 保湿 |
気づいた人は気づいたかもしれない。
私が7年前に独断で始めた「トレチノインを塗ってから5分待って、トゥベールのナノエマルジョンを重ねる」は、まさに今で言うオープンサンドイッチ法そのものだった。
つまり、私の独断は何だったのか。
それは、結果として、現在の標準的な方法に近い形になっていた、ということになる。
特別な判断ができたわけではない。
ただ、自分の肌の声を素直に聞いて、その時手に入る情報(YouTubeとGoogle)を使い、セラミドという答えにたどり着いた。
けれど、後から振り返ると、この「素直さ」が一番大切だった気がする。
当時の標準指導や周囲の常識ではなく、自分の肌が出している反応を観察し続けたこと。
それが、結果として最新の医学に一致した。
そして、これがこのブログ「美容エラー検証記録」を始めた理由でもある。
正しさは、一番大きな声からではなく、一番近い場所、自分の肌から始まる。
⑤ 余談:ゼオスキンも検討したけれど
トレチノインを選ぶとき、もう一つの選択肢としてゼオスキンも検討した。
当時、美容感度の高い人たちの間で流行していたのは、こちらの方だったと思う。
私も化粧水だけ試した。けれど結局、メインの治療として選んだのはトレチノインだった。
理由は、純粋にコスパだ。ゼオスキンは複数の製品をライン使いする前提で、トータルコストが高くなる。
一方、トレチノイン+自分で選んだ保湿剤の組み合わせは、必要な機能だけを最小コストで揃えられた。今振り返っても、この選択は正解だったと思っている。
ただ、コスパ以外にもう一つ、気になっていたことがあった。
ゼオスキンは、日本人の肌を前提に設計された製品ではなかった。
海外発のプロトコルをそのまま輸入する形になる。
そして、その海外プロトコルは、当時の標準として「保湿は控えめに」という設計思想に乗っていた。
同じ構造で、同じ脱落者が生まれていた
私がトレチノインで「保湿しないと無理」と判断した時期、ネットを見ると、ゼオスキンでも同じように途中で挫折した人の声を時々見かけた。
「赤みと皮むけに耐えられない」「日常生活が回らない」。
内容はトレチノインと驚くほど似ていた。
つまり、当時の脱落者は、製品が悪かったから挫折したわけではない。
トレチノインもゼオスキンも、「保湿なし」という共通のプロトコルが、日本人の肌バリアにとって合っていなかった、ということだと思う。もともと保湿文化と相性のいい肌だ。
これは、私一人の独断の話ではなく、世代まるごとが直面していた構造的なミスマッチだった。
そして第2記事で書いた「化粧品にできることの限界」と同じくらい、
「医療側の標準指導にも限界があった」
この事実が、このブログ「美容エラー検証記録」が拾っていきたい領域でもある。
製品ではなく、指導の設計そのものに、エラーが潜んでいる時代があった。
その記録は、第4記事以降でも続けていくつもりだ。
⑥ 結論:直感の正体は、ただ「素直に聞いた」ことだった
ここまで2ヶ月の記録と、7年後の答え合わせを書いてきた。
最後にひとつだけ、誤解されたくないことがある。
私は、特別な目利きを持っていたわけではない。
当時、医学的に「正しい」とされていたのは「保湿しない」だった。
それを破った私は、ただの素人の独断だった。
ただ、ひとつだけ正直にやったことがある。
自分の肌が出している声を、無視しなかった。
つっぱり、ピリつき、「これ以上は無理」という生理的なサイン。
それを「効いている証拠だ」と無理に意味づけし直すのではなく、そのままの信号として受け取った。 そのうえで、自分にできる対処(YouTubeとGoogleでセラミドにたどり着く)を、自分の責任でやった。
直感の正体は、たぶんこれだけだ。皮膚生理への素直さ。
直感とは、特別な感覚ではない。違和感を無視しないこと。
ただそれだけだったと思う。
今は、5分待機すらしていない
②章で予告した通り、現在の私はトレチノインを塗ってから保湿剤を重ねるまでの「5分待機」すら省いている。
塗ってすぐ、保湿剤を重ねる。
これは医師に確認したわけではなく、また自分の肌の声を聞いた結果、「もう待たなくていい」と判断しただけだ。
そして実際、トレチノインは今もしっかり効いている。
肝斑も、5年以上、悪化させずに維持できている(その話は第4記事で書く)。
研究の方向性も、おそらくこちらに動いていく。
「保湿で薄まる」という前提自体が、すでに過去のものになりつつある。
今、私が選ぶならナノエマルジョンディープ
7年前に私が使ったのは、トゥベールのナノエマルジョンだった。
ただ、もし今、当時の私と同じ立場の人がいるなら、現在の私は迷わずナノエマルジョンディープを勧める。当時はまだ発売されていなかった製品だ。
セラミドの濃度や浸透設計が、より現代のニーズに合わせて作られている。
「当時、これがあったら使いたかった」
——これが正直な感想。
このブログが拾っていきたいもの
第1記事で「化粧品では肝斑が消えない理由」を書き、第2記事で「化粧品と医薬品を分ける2つの壁」を書いた。
そして今回、「医薬品を処方されたあとの『使い方』のところで、もう一度エラーが起きやすい」という話を、自分の体験で記録した。
製品の選び方だけでなく、指導の受け止め方、自分の肌の観察の仕方。
そのすべてに、エラーが潜む余地がある。
このブログ「美容エラー検証記録」は、そういう「教科書に載らないけれど、現場で起きていること」を、ひとつずつ拾っていく場所にしたい。
次回予告
次の第4記事では、ここから先の話。
トレチノイン治療を終えてから5年、肝斑をどう「維持」してきたかを書きます。
肝斑は治ったあとが本番です。再発させないためにやってきたこと、やめたこと、いまも続けていること。長期戦の記録として残します。
※この記事は個人の体験記録です。トレチノインは医療用医薬品です。実際の治療は必ず医師の指導のもとで行ってください。


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